ペン一本と、メモ帳

好きなものを好きなだけ

人生RTA

RTAとはリアルタイムアタックの略である。

長いようで短い人生、年々迫ってくる目標寿命。
自分は10代の頃から漠然と、n歳になったら死ぬ、と思っている。その時間が刻々と迫ってきている。別に絶対にn歳で死ななければならないわけではないのだが、自分の中でなんとなく強いられている気がしているだけである。

目標寿命まであとn年。どうしたものか。10年前に考えていた未来とはあんまり大差がないようで、細かく見ると外れていっている現在。それでも死ぬ前に何らかの痕跡を世界に残していってやろうと足掻いている。それができるのも、一日に飲める限界量まで処方された抗うつ剤のおかげである。それがなかったらおそらく自分はなんの痕跡も残さないまま寿命を消費していくだけの、地球文明のデプリになるところであった。

まぁ、そうは言ってもやっていることがこうしてネットに駄文を載せているだけなので、やっていることはデプリ製造と変わらないのかもしれない。自分そのものがデプリか、ネットのデプリ製造機か、と考えると前者のほうがマシな気がしてきた。だが、はじめたものはもうやめられない。飽きるか死ぬまで続けてやろうと思っている。

鬱ごはんという本を買った。日曜の午後、あまりにもぐうたらで生産性のない休日を過ごしていたので、せめてなにかインプットしてやろうと思ってAmazonを開いたら、施川ユウキ先生の本がおすすめ一覧にのっていたのである。たしか前に「バーナード嬢曰く。」の4巻を注文したのでその履歴から表示されたのかもしれない。

「鬱ごはん」
今の自分にはピッタリな本であった。グルメ漫画なんて一生読むことはないと思っていた程度には食に興味がないのであるが、この漫画の主人公もおなじである。その割にいろんなものを食ってるなーとは思うが、そうでなければネタにならないのでまぁそこは置いておく。

まず、第一話の冒頭から好き。

毎朝、堕ちていく飛行機の中で目が覚める気分だ

そうして松屋的な店に入って焼肉定食を注文した後の感想が

堕ちていく飛行機で出される機内食

である。最高かよ。

ちなみに自分の最近の主食は冷凍食品のパスタである。紙トレーに乗ったパスタを毎晩夕食として食べていると、そこはかとなく漂ってくるディストピア感。なんで自分はこんなものを食っているのか。もっとマシなものはないのだろうか。冷凍パスタを食べすぎて、ニオイだけで吐きそうになっているのに他にお手軽に栄養を補給でき、かつ食べやすいものがないので仕方なくそれを繰り返している。自分の体は冷凍食品とカロリーメイトで構成されている。それでも(身体的には)健康に生きていられるのだから、現代文明には感謝しなくてはならない。

食事はただのルーチンワークである。そこに楽しいとかいう感情は一切ない。仮に人と食事したときに「おいしー」とか「ビール最高」とか言っていてもそれは自動生成されたbotの発言みたいなものだと思ってもらって間違いない。ここではこう言わないと空気悪くなるな…程度の知能はあるつもりだ。

世の中食べることだけが幸せで、生きていることを実感するという人がいる一方で、食事をすることに対して苦痛を覚える人間もいるのだ。この苦痛があと何十年も続くのなら、いっそ自分の手でスパッと終わらせたい。そのリミットまであとn年。何をして過ごそうか。あとn年もこの苦行に耐えうるのだろうか。先のことは何一つわからない。わかるのはただ、明日もこのクソ暑いなか会社に出勤しなくてはならないということだけだ。