ペン一本と、メモ帳

好きなものを好きなだけ

自社製品に興味がなかったエンジニアがゲーム会社に転職した話

以前仕事していた会社で、筆者は自社製品に一切興味がなかった。そもそもBtoB製品だし。あと、会社が掲げている企業理念とか目標みたいなものにも全然興味がなかった。というか賛同できなかった。企業理念というものは、なんだかふわふわしていてピンとこないのだ。しかし会社は理念を社員に押しつけてくる。そんな環境に耐えきれなくなってやめたのは2023年のはじめ頃。もちろん、それだけではないが。

半年ほどニート生活を満喫し、そろそろ貯金も失業手当も切れるし仕事探さないと…そんなときにたまたま求人を見つけた今の会社。流れ作業的に応募した中で、たまたまスキルセットが一致して内定をもらい、入社することになった。何一つ思い通りにはなっていないが、これと言ってやりたいこともなかった筆者がたまたまやりたいことを見つけて、今はちゃんと仕事をしている。

会社の印象とか

転職してしばらく経ったので、仕事の状況とかをメモしておこうと思う。 第一印象は「とてもまともな会社」だった。大手だからなのかもしれないが、社員のモラルやコンプラ意識がしっかりしている。環境も整っていて今のところ不満がない。SESで仕事をしていたときは、パソコンのスペックがしょぼいのなんて当たり前。よくてギリギリ人権を保てるスペックだったが、現職では「ちょっとオーバースペックじゃないですかね?」と言いたくなるようなマシンが支給される。しかも七色に光る。
オフィスは立派だが、ほとんどリモートなので割りとどうでもいい。でも、自宅からのアクセスがよくないのでそのうち引っ越したいなと思っている。

仕事の内容とか

主な仕事は社内で使うWebシステムを作ることだ。つまり、ゲーム開発に使うツールを作ることだ。筆者はフロントエンドの担当なので、APIのライブラリを作ったりコンポーネントを作るのが主な仕事である。ユーザーは基本的に社員だけというお気楽な環境。加えて身近にユーザーがいるので意見も取り入れやすいかなと思っている。前職では営業経由でしかユーザーの声が得られなくて、それがもどかしかったのである。

開発環境はモダンなのもあればレガシーなのもあり、アップデートしていかないとね、という話だった気がする。前職はバリバリのWebベンチャーだったのでそこで得た知見が活かせるかもしれないと思った部分もある。活かせるといいな。これは現在実行中。
AIツールも一通り使えるので不便はないし、Web業界と比べて特別劣るということはない。むしろ資金力があるのでそのへんのベンチャーよりも圧倒的お金パワーで殴れるので強い。

自社製品に興味が…持てる!

なにより前職と違うのは、自社が作っている製品にめちゃくちゃ興味があることである。筆者はゲーマーなので当然である。そもそもゲーム会社なので当然だが、社員がほぼ全員ゲーマーである。人事のおねえさんから役員のおじさんまでゲーマーだ。ミーティングでゲームのタイトルを例に出すのは当たり前だし、雑談は「最近なんのゲームやってます?」と言えば盛り上がるので困らない。

正直筆者の趣味とは少し違うので、面接を受ける前まではとても乗り気ではなかったことを白状しておこう。しかし、入社前に勉強と称して自社製品を購入し遊んでいたら思った以上に面白くて、こだわりも見えてきて、俄然興味が湧いたのである。あと面接官がいい人ですごく印象が良かった。

もともとゲーム好きなのもあって、ゲーム制作に関わる話やツールの作成は興味があった。でも転職活動を始めたときはゲーム業界に行くとは思ってもいなかったので、人生思い通りにはならないものだなと思った。

なんだかんだで、楽しい

ゲーム業界は広くて狭い。友人も何人かスマホゲームを作っている。自社には数千人の社員がいる。今年は業界関係者としてTGSにも参加し、ゲーマーたちの熱量に圧倒された。大手もインディー開発者も入り混じって、自分の信念を貫くためにコンテンツを作っている。

ゲーム業界はブラックだというイメージが筆者にもあったが、意外にというか時代の流れなのか、実際はかなりホワイトである。深夜残業は禁止されているし、フレックスだし在宅だし、セキュリティはちゃんとしているしエンジニアにとっては何不自由無い環境なのではないだろうか。 この業界というか会社でやりたいこともちょっと見えてきたし、できることもあるので、今回の転職は成功だったと思いたい。

「トップガン マーヴェリック」が最高の映画体験だった話

ネタバレはありません。

待ちに待った公開日。の、数日前。

だいたい、筆者が行く映画館は決まっている。そんなに遠くない、しかし一応Dolby Atmosがある映画館。映画の事前情報は一切見ない派だったので今まで特に他の劇場に行きたいと思ったこともなかったのだが、トップガン マーヴェリックに関しては事情が違った。

というか、たまたま映画館の予約をする前に「ちょっと調べておくかー」くらいの気持ちでググったら「F/A-18IMAXカメラを6台積んで撮影した」という記事が目についた。

それからというもの「これはぜひともIMAXでみなくては」という気になり、公開日の翌日。土曜日昼間のチケット予約争奪戦に参戦しなんとか新宿TOHOのIMAX劇場のチケットを得たのである。

ちなみに空戦シーンに限り、IMAX特別画角になった……らしい。らしいというのは、鑑賞中に集中しすぎて画角のことが頭からすっかり抜けていたからである。ちなみに全く気にならなかった。

高画質でCTXより少し大きめのスクリーン、そして最高の音響。
とくにジェットエンジンの重低音が響く感覚は、ネット配信では堪能できないというか、劇場ならではの感覚である。トップガン マーヴェリックにはぜひとも爆音上映を期待したいところである。

IMAXの宣伝みたいになってしまったが、実は筆者は今回はじめてIMAXレーザーの劇場で映画を鑑賞した。まぁ、生まれる前からあった伝説的映画の続編となればいい劇場で鑑賞したいのがオタクという生き物である(主語デカ)。
スターウォーズEP7もIMAX3Dで観たし……。

それはともかく、本作を初めて見る人にはぜひとも、少し高くても良い音質と画質の劇場で鑑賞することをおすすめしたい。「映画ってやっぱ最高だな」と思えるはずなので。

競馬ブームに見る反出生主義とペットの話

ここしばらく、話題になっていたナミブ砂漠ライブカメラをよく見ている。ふと目をやったときに動物がいるとなんかうれしいし、リアルタイムで野生の姿を観察できるのはなかなかおもしろい。毎日見ていると彼らの生態も少しわかってくる。なによりかわいい。

さて、突然だが筆者は反出生主義者である。

反出生主義がどんな意見を唱えているのかを知りたい方はググっていただくとして、今回は自分のペットに対する考え方を書いておこうかと思う。
筆者は犬も猫も好きなので、何もする気が起きないときはYoutubeで動物を見ている事が多い。かわいいペットの動画を見ていたら、とある動物保護団体の動画にたどり着いた。捨てられたり迷子になった猫や犬(ときには鳥も)を保護し、病院に連れて行って健康になったら里親を探して譲渡するという活動をしている人たちだった。

その中でも衝撃を受けたのは、多頭飼育崩壊の現場を取材している動画だった。狭い部屋の中で何十匹もの猫が生活しているので、飼い主は健康状態を把握できず、病気になったり飢えていたりしてボロボロの猫たちが出てくるのはけっこうショックを受けたものだ。

多頭飼育崩壊の原因などはともかく、どんなに責任感のある人間でも、ペットを買うというのは人間のエゴだよなあと、筆者は思う。ちなみに動物は飼ったことがない。実家にも動物はいなかった。小学生のころにカブトムシとか金魚を育てていたことがある程度。

例えば狩猟犬や牧羊犬、警察犬などの仕事をしているもの、牧場でネズミ対策に猫を飼うなど生活に大事な役割を果たすペットはなんとも思わないが、都会のマンションに住んでいるような人たちがペットを飼っているのを見るとなんだかなぁと思う。思うだけで非難する気は毛頭ないが。

上記に上げたように、捨てられた動物の保護活動をしている人たちや、保護された犬や猫をペットとして迎え入れる行為はすばらしいと思う一方で、人間の都合で動物たちがひどい生活をしているのを見ると憤りを感じるのである。なぜそう思うのかと考えてみたら、そもそも自分は反出生主義なのであった。これは二十歳になる前から漠然と思っていたことだが、この考えに名前がついている事を知ったのは大人になってだいぶたった頃である。

2021年は競馬ブームであった。ネット流行語にも競馬関係の名前がいくつもランクインするくらいには流行っていたし、来年もこのブームは続くだろう。馬は好きだ。かわいいし、かしこい。でも、筆者は競馬を見たいと思ったことはないし、馬券を買ったこともないし、ゲームもやってないし、今後もやることはないだろう。競走馬ほど人間の都合で生殖させられている動物は……犬くらいだろうか。

犬と競走馬は血統が重要視される種族である。優秀なもの同士をかけ合わせ、あるいはより特化した特性を得るために交配させられ、生まれてくる動物たち。それを売買する人、飼育する人、診察する人がいて一部の経済が成り立っている。そのことに非常に違和感を感じるのは、自分が反出生主義者だからだという結論に至った。人間のエゴで動物を増やすべきではないと思うのである。人間が育成しなくなったら家畜は絶滅するかもしれないという意見があるが、それはそれで仕方がないのではと思う。

この考えはもちろん人間にも適用される。親の勝手な都合で子供を作るべきではないというのが筆者の考えである。だから自分は生体販売には一切関与しないし、競馬には関わらないし、人間を生産することに関わるつもりも一切ない(最後のはちょっとアセクシャルであることも関係しているかもしれない)。

これで、昨今の競馬ブームに対するもやもや感の正体がなんとなくスッキリした。要は、競馬という完全にエゴによって成り立っている経済に対する違和感なのであった。まぁ、今すぐ競馬を廃止するべきとまでは思わないが、血統云々だけを考え生み出される馬を徐々に減らしていく方向にはならないものかとは思う(莫大な金額が動いているから無理、というのはわかる)。フランスではペットショップを廃止する法律が決まったが、それには賛成する。貴重な血統を守っている人たちは尊敬するが、別の犬種をかけ合わせてかわいいだけの犬を生み出すブリーダーは軽蔑する。

とはいえ、生まれてしまったものはどうしようもないし、動物たちの保護活動をしている人たちを尊敬するし、協力したいとは思うし、今すぐ絶滅すべきとも思っていない。理想は緩やかな絶滅である。家畜も人間も。
ペットを可愛がっている人は良い人だと思うし、友人に子供が生まれたら祝いもする。でも、自分がそれに関与することは今までもこれからもないだろう。

年末になってちょっと過激な思想を書いてしまったのは、例の多頭飼育崩壊の動画を見たことがきっかけであるが、同時に競馬に対するもやもやも言語化することができたかなと思っている。